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内面との戦い

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産後の振り返り
執筆 : 
rimgo 2008-3-13 13:10
正直な話
これまで私は
どんな出産だろうと幸せだと思っていた。
この時代に結婚し、子を持つことができる
もうそれだけでも十分幸せなことではないか、と。

だからたとえどんな出産であれ幸せだろうと。
腹を切ろうがどうしようが。
そんな風に思っていた。

けれど実際に自分が緊急事態を経験し
腹を切り、子を産んだ結果、出産直後に
あんなにも様々な思いにとらわれ続けることになろうとは
思ってもいなかった。
子を持ったことでそれまでの人生にはなかった葛藤が生じた。
『自分が子供を苦しませてしまったかもしれない』と。
もし出産がなければ苦しまずにいたであろうに。
命とかかわる瞬間は言葉で言うほど簡単なものではない。

やはり結局は自分との戦いなのだと思う。
人は自分への問いを続けながら生きていくのだろうと。
その内容は人によって違うだろうし
同じ人でも状況や環境や年齢によって変化するのだろうけれど

結局は自問自答を続け
自分の生きる意味だったり納得だったり
言うなれば『自分とは何ぞや』みたいな問いを投げかけつつ
内面と向き合い進んでいくのだろうと。

だから、何かがあるから幸せ、ないから不幸せということはなく
きっとずっと自分と向き合いながら生きていくのだろう。

ただ1つ、子を持って思うのは
自分が抱くどうしようもない答えのない不安やもやもやは
子供の顔を見ることにより、ひと時不安を消してくれる。
それだけは今の時点では言えるような気がする。

人はどこまでいっても独り。
だから他者の存在に温かさを感じられるのだろう。
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がんばるということ

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産後の振り返り
執筆 : 
rimgo 2008-3-12 13:10
『よくがんばったね』

産後、かけていただいた言葉で思わず涙がこぼれ落ちた言葉。
『よくがんばったね。』

その言葉をいただいたとき
無意識にはらはらと涙がこぼれ落ちた。
そんな自分の涙に、そのとき初めて

『ああ、私がんばったんだ。つらかったんだ。』と思った。

私は出産の一瞬、一瞬に必死だったので
がんばろうと思ってがんばったつもりはまったくない。
けれど『がんばったね』という言葉は、私の涙を誘った。

出産は頑張ったつもりがなくても、誰もが頑張っている。
どのような出産でもみなが。
妊娠することから出産することまでの間たくさん頑張っている。
だからぜひ、出産後の女性には声をかけてあげてほしい。
『よくがんばったね』と。

---
思えば、『がんばってね』という言葉をかけることは多いかもしれない。
そして、人から言われずとも
この国は頑張ることが美徳される国でもあるので
追い詰めるほどにがんばってしまう人は多いのではないだろうか。

さまざまな局面でがんばっている人は多い。
人に見えないところで戦っている人は多い。

『がんばれ』ではなく『がんばったね』
この言葉をもっとかけてあげることを自然にできたら
きっと救われる人は多いかもしれない。

自分で自分を追い詰めている人は多いから。
やさしさやいたわりを自然に放つことのできる人に
なれたらいいなと私も思う。
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最善を尽くせば安産

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産後の振り返り
執筆 : 
rimgo 2008-3-10 13:10
私は助産院で産むことを目指していた。
鍼灸師としてさまざまな体の養生法を普段から伝道しているものとして
私自身も妊娠中は鍼灸に限らず
さまざまな養生に努めてきたつもりだ。
食事、運動、そういった基本から健康療法まで。

しかし、結果として帝王切開になったことだけに焦点をあてると
今回は私の養生は功を奏さなかったといえるのかもしれない

けれど、もしあれをしておけば・・・
という後悔は一切ない。
あれをしていたら、もっと早く陣痛が来ていたかもしれない
あれをしていたら超安産だったかもしれない

そういう後悔はまったくない。
やり残したことはない。
想定しうるできることはすべて行った。
それでも私は帝王切開になった。
だからきっとなるべくしてなったのだろう、私のお産は。
このお産は意味あること。

あれをしておけば、という後悔がない。
そのことは大きな救いだと思う。
もしあれをしておけば・・という思いが強ければ強いほど
その呪縛にいつまでもとらわれ続けることだろう。

あれだけしても、結局は私は、この子は
こういう生まれ方をすることになっていたのだろう。
そう思って進むことができる。

『最善を尽くせば安産』
この言葉が実感となって心に響く。
だから私も、妊娠・出産に向けて取り組む女性の
手助けをしていきたい。

人間が考えてできうることなんて知れているし
それが結果にどれだけ結びつくかはわからない。
けれど、人事を尽くして天命を待つ。
きっと自分の行いは次につながっていく。
人事を尽くす際に少しでもお手伝いをできたら

健康の、養生の伝道師
そして気持ちのゆらぎにより添える人として
進んで生きたいと思う。
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お産の完結

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産後の振り返り
執筆 : 
rimgo 2008-3-9 13:10
『あなたはあなたのお産に納得できていますか?』

『“命の危険があるほど赤ちゃんを苦しめてしまった。”
と自分を責める耐えられない想いは、
そのことに対する気持ちはもう完結しましたか?』


-----
助産院で産むことを目指した出産。
予定日を2週間も超過しようやくおきた陣痛。
けれど赤ちゃんの命に危険が生じ
救急車で搬送され大学病院での緊急帝王切開による出産

めくるめく過ぎ去った出産という出来事。
赤ちゃんが生まれても、色々な想いがめぐり続けた。
私は私のお産の大きな余韻の中で
しばらくお産を終わらせることができずにいた。

そんな私に何人かの人が投げかけてくれた言葉。
『あなた自身のお産に納得できていますか?』
『子供を苦しめてしまったという自責の念は完結しましたか?』

この言葉にどれだけ私は救われたことか。
わかってくれる人がいる。私のことを気にかけてくれる人がいる、と。
それを投げかけてくれたのは
助産師さんだったり、長年の友人だったり
ご自身も辛い出産経験をもたれている人だったり。

---
産後、口々に言っていただいた言葉は当然だが
『おめでとう、本当におめでとう。
色々あったけど赤ちゃん無事で、それだけで全てよかったね。』

確かにめでたい。本当にめでたいことだ。
何よりは赤子の命。無事な命。私もそう思う。誰よりも思う。
実際に緊急事態の中、命に変えても守りたいと思って産んだ子だ。

けれどそう簡単に切り替えられない、それだけで終われない私がいた。
自分の中でのお産の位置づけ。完結できない想い。
『苦しめてしまった。私の選んだお産はなんだったんだ』
ずっと残り続けた。
それはむしろ無事なわが子の誕生から時間がたつほどに深まっていった。

しかし、周囲の『おめでとう、命あるだけでよかったのよ』という言葉が
私の出産にまつわる不安や想いを口にすることを閉じ込めてしまった。
命あるだけで十分なことなのに!
何いつまでもこだわっているの!と。
そんな自分のもやもやを納得させることなんて
命を前にしたら小さなこと、考えすぎ!

そういわれているようで、自分でもそう思ってしまい
誰にも話せずにいた。
でも、やはりもやもやとした想い、自責の念は残り続けた。

そんな中で私のことを気にかけて
声をかけてくれた人がいた。
あなたはあなたのお産について納得できているか?
自分を責める想いは完結できたか?

友人が言ってくれた。
『お産は人生の中でも一大事だから
いいお産をしたいというのは当然子供を産む女性全員の望みでもあり
だからこそどこでどういう風に産みたいのかというのにこだわるのは
母親になるものとしてごく自然なことなんだと思う。

結果として自分がこだわったことによって
赤ちゃんが苦しむことになって、耐えられない想いをしてるんでしょう。
だけど、そんな状況でも踏ん張って生まれてきた
赤ちゃんの強さに乾杯だね。』

『赤ちゃん自身がこの生まれ方を選んで生まれてきたのかもしれません。
この流れに逆らおうとせず、ただ全てをありのままに受け入れられたら
生きることはもっと楽になると思います。』

-----
当初、私は自分の出産について
半ば『事故』が起きたという感覚でした。
そしてそれは自分が引き起こした事故ではないかという風に。

けれど時がたち、子供の成長を見つつ
周囲の人と会話し、患者さんとも接し
次第に気持ちが落ち着いてきて
この私の出産は事故ではなく、意味あること
『運命』なんて言葉を軽く使いたくないですが
いわばそういったことで、『意味あること』なのだろうと思います。

それは私にとっても、生まれてきた子にとっても。
きっとその『意味』は何十年と経ったときに振り返って
『あのお産は人生の転機だったかも・・』と思えるような
そういう意味あることではないかと。
強がりではなく
だから、私はこれからも生きていくのがますます楽しみです。
自分の方向性がどのように変わっていくのか。

もうすぐわが子の誕生から2ヶ月になろうとしている。
私自身のことを気にかけてくださる人のおかげや
こうしてブログにて自分の気持ちを吐露することで
しかも日に1000を超えるブログ読者がいてくれ
その方たちが無言で耳を傾けてくれているという思いにより
私はとても救われました。


お産に関して、女性は大なり小なり
辛い経験をしている人は多いのではないかと思います。
それはたとえ『普通』に産んだ人でさえも。
そういう産後の女性自身の気持ちに耳を傾ける場
お産を振り返る場というのはとても重要なのです。
そこから母としてスタートを切るためにも
うやむやにせず見つめ、昇華し次へと進むことはとても重要なのです。

私もようやくそれができました。
みなさんありがとう。
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大学病院でのお産

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産後の振り返り
執筆 : 
rimgo 2008-3-8 12:50
助産院で産むことを目指していた私が
おなかの赤ちゃんに命の危険が発生したことで
大学病院に運ばれ緊急帝王切開のお産になった。

自然分娩から、医療救助による帝王切開へ。
ほぼ対極といえるかもしれない両極端なお産。

その結果、妊娠・出産過程に関して幅広く
妊産婦さんと接する機会を持つことができた。

助産院に通う妊婦さんたちは、健康な部類の妊婦さん。
助産院で受け入れてもらえるということは
当然ながらローリスクからスタートし、より健康な産む体作りを目指す。
いかに納得のいくお産をするかを目指す。
私もまたそうであったように。

一方、大学病院で出会った妊産婦さんたちは
大学病院でしか産めないような、何らかのリスクを持った妊産婦さんが多い。
自然分娩や、こだわり、納得のお産どころか
無事に産めるか否か、赤ちゃんが無事か否か
そういう局面に対峙している。

そんな大学病院では『母子ともに退院できれば、それは安産』という。
そういったレベル。私もまたそうであったように。

私はお産に関してある意味、端から端まで味わった気がする。


仕事柄、妊娠から出産に関して
たくさんの事情を抱える女性と接する機会がある。
妊娠すること、妊娠を維持すること、出産すること
その各局面での難しさと向き合う女性と。

その気持ちを、私なりにわかっているつもりだったのだけれど
今回の自分の出産を経て、私は本当にはわかっていなかったと痛感した。

結局は自分は「健康な人間」だと思っていたのだろう。
健康は、養生しさえすれば叶うものと思い込み
自分は「健康で普通」だという視点からしかものを見ていなかった。
そんな風に思った。
そして、私はなんてこれまで浅い言葉ばかりを口にしていたのだろうかと。

大学病院での出産後
『自然分娩っていいよ!』という言葉をきくのが辛かった。
知っている。自然分娩のよさを。
それを知っているだけにつらい。
産みたくても、望んでも、産めなかったのよ。
そして帝王切開した私は二度と助産院では産めない。

医療処置が普通と思い受身に産む人もいて
医療処置を避けて自然に産むことを目指す人もいて
自然を目指したくても医療処置がないと産めない人もいる。
そこへの視点がものすごく欠けていたと
大学病院でのお産が我が身に現実のものとなって初めて気付かされた。

私がもし安産だったら
きっと、自然っていいよ!助産院いいよ!と
産前よりもいっそう、声高々と叫んでいただろう。
このブログもそういう内容を連ねていただろう。

私はもう、自然には産めない。
次からの妊娠、出産があるとしたら
医療の助けを借りて、出産に臨まねばならない。

けれど、それでもやはり、自然に産むことのすばらしさも
助産院で産むことのすばらしさも伝えて行きたい。
自然に産むために体を作ろうとする人の助けをしたい。

そしてまた、医療の助けの元に産む女性の力にもなりたい。

出産の過程は違えど
命を宿し、無事に産もうとする女性の気持ちはみな同じ。
その過程で不安に思う気持ちと体に寄り添っていけたら。
大事なことはひとつなのだから。

母子共に一緒に退院できたら安産。
だから私は安産だったに違いない。
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助産院へのおもい

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産後の振り返り
執筆 : 
rimgo 2008-3-4 12:50
人は自分がつらく苦しい時は
誰かを責めてしまいたくなる。
そうすることで、自分を保とうとする。
誰かのせいにするほうが楽だから。
・・・
出産直後の私も、たぶんそうだったのだと思う。
当初、助産院に対して
『予定日を約2週間も超過し、なぜ待つだけの選択しかしなかったのか?
早い段階で病院送りという判断にすべきだったのではないか?
待つだけの判断は適切だったのか?』ということや

『陣痛がぎりぎり5分間隔になるまで自宅待機ではなく
もっと早く受け入れてくれ、経過を助産院でみてくれていたら
少なくともいきなりの緊急事態は、『たらい回しの恐怖』感を味わうことは
避けられたのではないか?』
そういういわば責める姿勢があったことは否定できない。

助産院出産に向け『がんばってるねぇ』といわれてきた妊婦生活。
でも、
結局は普通の妊婦さん以上に大変な結果になってしまった。
普通に産んでいる人もいっぱいるのに。
こんなことなら初めから近所の産婦人科で産めばよかった。
時にはそこまで思ったこともあった。

けれど本来、私の描いていたお産の希望が
極力自然の流れに任せながら、生まれてくる我が子の誕生を
相方と共に受け止める、というものであった以上
予定日超過してすぐに病院送りになっていたらそれはもちろん
かなわない。

それは紙一重なのだ。
自然なお産となるか、一転してリスクが発生するか。

冷静に考えると
予定日超過し病院送りになれば、私が望んでいたお産は無理になる。
助産院は私の希望を叶えてくれるためにぎりぎりまで待ってくれた。
もしリスクが発生すると何よりも助産院にとっても厄介なはず。
にもかかわらず、ぎりぎりまで私の産む力を信じ、望みを叶えようと待ってくれた。
大丈夫だと信じて。

私は自然に産むべく力を蓄えリスク管理をとことんしてきた。
結果はリスクが発生して病院へ搬送という結果になったけれど
それまでの助産院の対応に感謝だ。ありがたい。

きっと信じてくれた要因は
私が鍼灸師であったこと。
本当に妊婦生活はノートラブルで養生ばっちりだった。
また、もちろん直前のドクターチェックによる医師の判断でも
問題は発生していなかった。

緊急事態がいつから発生したのか
それは誰もわからない。
1秒前からかもしれないし、1時間前からかもしれない。
それは誰にもわからない。
ただ無事な命が生まれてきた、それだけが後に残った事実。

何かの出来事の発生に対して
しかも命といういわば運命的な出来事の最たるものに対し
何かがどこかでどうなろうと、きっと最終的な結果は同じだっただろうし
物事はそのタイミングで起きたからこそ
その後の流れにつながっていく。

そういうことだから、だから、きっと私のお産はいいお産となった。
その結果、無事な命が生まれてきた。
そういうことだろう。
そして私の周りの人はみな、心底無事な出産を祈ってくれていた。
これだけは共通した想い。

その皆の想いに守られ、『生きたい』と思った強い生命が生まれてきた。

ただそれだけが明らかな真実。
ただそのことに感謝。
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助産師さんの訪問

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産後の振り返り
執筆 : 
rimgo 2008-3-1 12:50
2008年3月1日。
本日、市と提携する助産師さんが自宅に訪問してくださいました。
2800gで生まれた我が子は約1ヶ月半で5100gとがんがん成長しておりました。
見た目がだんご虫みたいです。

一通り子供の様子を見た後、私の出産に関しての話になりました。

出産後、時間がたつにつれ、気持ちも落ち着き
そして、仕事も再開し色々な人とお話をするにつれ
だいぶん自分のお産を振り返ることが出来るようになりました。
今は、この私のお産はきっととても意味のあることで
それは時がたつにつれ更に深い意味を帯びてくると感じるだろう、
と私自身は思っています。

お産の振り返りというのはとても意味のあることです。
出産すると、子供の誕生の喜びのみに焦点が行くし
無事な新しい命の誕生に比べたら他に何も言うことはない!という風に
周囲も、そして自分も考える方がほとんどですが

女性は産むことを通して色々な想いを抱える方が多いのです。
それは必ずしも喜びや幸せだけでなく。
独りで抱え込むか、もしくは心の片隅に押しやっている方が多いのです。
『産むこと』というのは何も出産だけに限っているのではなく
それは妊娠すること、妊娠を維持すること、出産すること
そして産後の育児の期間、その時々の時期において、です。

少人数でお産のことを語る場というのは実はとても貴重で
お産の振り返りで、女性の心を癒すということをされている方もいるんですよ。

訪問してくださった助産師さんに言われたのは
『出産はほとんどの方が何事もなく出産するのですが
1割弱の方がそうでないお産になります。
その方々もトラブルがいつ現れるかというのも本当に様々です。

その一握りの思いもよらなかった形での出産となった女性の気持ちと
どのように寄り添ってあげられるか、
たくさんの妊婦さん、妊娠を望む女性と接するお仕事をされているので
ご自身の出産経験はきっと広い視野となることだと思います。』
そんな風におっしゃってくださった。

妊娠すること、妊娠を維持すること、出産すること
きっとこれらの局面は女性にとって
ある意味、人生観を変えるくらいの出来事だと思う。
逆に言うと、人生観を、視点を変えるために
命を宿す仕組みがあるのではないかと思うくらいに。

誕生はすばらしく幸せなことがゆえに
妊娠に伴う様々な局面で、その幸せの光で見えにくいけれど
つらい思いを抱えている女性は確かにいる。
授かりにくさ、継続しにくさ、産みにくさ、育てにくさ
私もまだまだこれからたくさん向かい合っていくことだろう。

そのためにも、産後に自分のお産の振り返りをまとめておこうかと思います。
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母子ともに退院

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帝王切開
執筆 : 
rimgo 2007-10-18 12:00
10月18日(木)  九大病院 入院4日目。

朝食を終えたころ、私の担当医が二人そろって病室に現れた。
『おはようございます。体の具合はいかがですか?』
『おかげさまで、少しずつ楽になっています。』
そんな会話を一通りした後、医師が言われた。

『術後の経過もいいようですし、当初産む予定であった助産院に
移るというのはいかがでしょうか?
というのも、正直な話、こちらの病院の機能が麻痺状態になっていまして
よその科のベッドも借りている状態なのです。
こちらの都合でもあり申し訳ないのですが、問題なければ
これから助産院の方に連絡してみますけれど、いかがですか?』

九大の産科がとても忙しい雰囲気であるのは
この入院期間中に私も感じていた。
特に出産数が多い時期らしく、昨日も1日13件ほどお産があったとの話だった。
相部屋の人が、私の入院中に退院されていったが、そのときも
『明日退院の日ですが、申し訳ないですが、なるべく早い時間に
ベッドを空けていただけますか?次の方が入院待ちの状態なので・・』と、
前日の退院前の説明時に話をされていたのを聞いていた。
そういう状況から考えると、私が緊急搬送されたとき
よくベッドが空いて受け入れてもらえたなぁとつくづく幸運に感謝した。

もともとかかっていた妊婦さんのお産以外に
私のように緊急で搬送されてくる妊婦もいる。
ばたばたと走り回っているスタッフの状況から
かなり忙しい状況であることは見て取れた。

私の返事は
『九大から出ることは全然かまいません。
私も緊急で受け入れていただいて、本当に感謝しているので
そういった人のためにも、少しでもベッドを空けてあげたほうがいいと
思いますので、出ることはいいです。
ただ、助産院に移るのも、あちらも10月はお産が多いとおっしゃってたし
私が入ることでベッドがうまっては困るでしょうし
私自身の感情としても、今は予測できないけれど
もしかして助産院に行き「本当はここで産みたかった・・」とか、
なんともいえない感情になるかもしれないと思うと
ちょっと、助産院に移るのがいいのかどうかわかりません。

私は退院後、実家に身を寄せる予定ですので
何もしなくて寝ているだけの環境が可能ですので
問題なければ退院して実家に行きますけど、それでもいいでしょうか?』

私の素直な思いだった。
結局、病院側は助産院にも連絡を入れてくれたようだが
やはりベッドは満床だったようで
私は実家に身を寄せることになった。
それでよかった。

私は緊急に受け入れてもらって、子供の命を救ってもらった。
少しでも、1床でもベッドを空けることができれば
他の誰かの受け入れが可能になる。
病院の提案に何の不満もなかった。

退院前の最後の検診の際、医師に言われた。
『ご理解くださりありがとうございます。
どうしても地域医療を担っていますので、こういう状況も発生するのです。
先ほど廊下で、ご主人さんにもお会いし説明させていただきましたが
ご主人さんも、緊急で受け入れてもらったから・・と同じことをおっしゃって下さりました。
本来なら最後までお世話するのですが、ご理解ありがとうございます。』

病院を後にするとき、執刀医に挨拶に行った。
『本当にありがとうございました。
先生の言葉に、私は本当に救われました!
次はVBAC(=帝王切開経験者が経膣分娩すること)でお世話になりに
戻ってきますのでよろしくお願いします!』

---

帝王切開で4日で退院!!
普通分娩でも1週間近く入院するのに、わずか4日で退院!!!
周囲にかなり驚かれた。
私の退院後、りんご堂の患者さんが面会に来てくれたらしく
『面会に行くともう退院されていて驚きました!』とメールが入った。
それくらいのスピード退院。

まあ、海外では帝王切開でも4日で退院はよくある話らしいし
何よりも、子供と一緒に退院できないかもしれないと
緊急帝王切開後の当初言われていたのに
母子共に、しかも4日で退院ということは
大丈夫!とお墨付をもらったようで、それはそれで嬉しかった。

病院を出て久しぶりに昼の外の空気を吸った。
駐車場までの木立の下、木漏れ日を浴びながら我が子と記念撮影をした。
季節がすっかり秋に変わっているのに驚いた。
今年は本当に暑い夏で、その暑い夏は福岡では10月前半まで影響した。
いつまでも続くかのように思えた暑い気候も、やっぱり変わっていく。

私の妊婦生活もまた夏の熱気と共に終わったんだなぁと、節目を感じた。
時間は確実に流れている・・
確実に我が子の人生は始まっている。
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カンガルーケア

カテゴリ : 
帝王切開
執筆 : 
rimgo 2007-10-17 12:00
10月17日(水) 九大病院 入院3日目。

眠れぬ夜が明け、入院3日目の朝が来た。
通常のバイタルチェック(検温、検脈、血圧測定)と朝、晩の点滴以外
これといった処置もなく母子同室で、まったりと過ごす。
赤ちゃんには完全に母乳のみ。
母乳の出がいいどころかあふれ出て、張って胸が痛いくらい。

そんな風にすごしている中、大学時代の同級生で
現在は京都で助産師をしている友人が、日帰りで面会に来てくれた。
心砕ける友人であり、また助産師である彼女と話をすることで
自分のお産について少し振り返ることができた。
いつでもそうだけど、友達って本当にありがたい。

----
出産をすると、すべて『おめでとう!』という言葉になる。
それは新しい命の誕生におめでとう。そして産んだ者へお疲れ様。の言葉。
そこで長かった妊婦生活は幕を閉じる。
『お疲れ様』で終わりになり、『おめでとう』と赤子に焦点がいく。

私のお産も、命の危機を乗り越えて我が子は生まれてくれたので
本当にそれだけでよく、とても『おめでとう』な話なのだけれど
私は私のお産をまだ完結することができていなかった。

きっと、普通に思い描いていたようにお産をしていたら
出産=お産の終わり、という構図でスパッと『よかった!めでたい!』と
終わることができたのかもしれない。

ただ予定日超過以降、緊急事態をはさんでの出産まで
あまりにも緊張の糸が張り詰めていたからか
子供が生まれてすぐ、『ハイ終わり、お疲れ様』と切り替えることができずにいた。

そのことは、特に2つの想い
『無事に生まれてよかった』と『命の危険があるほど苦しめてしまった』が
強く共存しだしたため、余計に、本当におめでたいんだけど
おめでとうだけで終わることのできない、完結できない私のお産が残り続けていた。

入院中、私の出産予定だった助産院に
研修に行った経験があるという助産師さんに言われたことがある。
『おめでとうございます。大変だったけど無事でよかったですね。
今、あなたはあなたのお産をきちんと受け止めることができてますか?』と。
----

また別の、知り合いの助産師さんから入院中にメールが来た。
『九大には同期の助産師の○○(名前)が働いているから
何かあったらなんでも話しをしてみてね』と。

そういうメールをいただいて、そうは言っても何を話せば・・
初対面の助産師さんになるし。そもそもお会いできるかどうか・・
と思いつつ、私は常にスタッフの名札を気にかけていた。

すると、この日の夜の点滴の担当がその助産師さんだった。
その助産師さんの名札をみて、想いがあふれ
点滴の針を刺してもらっていながら、思い切って話しかけた。
前日に、眠れぬ夜を過ごしていたからか、
抱えきれない想いを、誰かに一緒に受け止めてほしかったのだろうか
自分でもわからないけれど、すでに私の声は涙声になっており
いろいろないきさつ、想いを語った。
結局30分ほどの点滴の最初から最後まで、助産師さんは耳を傾けてくれた。

こうして、たくさんの助産師さんに心理的なサポートもしていただいたように思う。
----

この日、私は24時間完全母子同室を希望した。
もともと母子同室を希望したいところだったが
やはり術後の体がつらく思うように動かせないことから断念し、休養を優先していたが
新生児は寝てばかりであまり泣かず世話が楽ということもあり、
また、母乳の出がよく胸が張るため、夜も赤子に飲んでもらったほうがいいということ
そして何より、一人でいたたまれない夜を過ごすより
眠るわが子の顔を見ていると、それだけでよかったんだと強く思えること。
そんな理由から、夜も一緒に我が子と密着してベッドですごした。

ベッドを30度ほど起こし、夜中にたて抱きで授乳をし
飲み終えてそのまま我が胸に顔をうずめて眠る我が子。

その姿勢はまさにカンガルーケアそのもの。
本当は産後すぐに生まれたての赤ちゃんを胸にかかえ
両手で抱きしめてあげたかった。
私の出産ではそれはかなわなかったので
その瞬間を取り戻すかのように
できなかったカンガルーケアをこの日夜通しし続けた。

まだあまり動かない、小さな生まれたての赤ちゃん。
ずっと胸に抱きしめ、小さな寝息を聞きながら夜を過ごした。
ようやく少し落ち着けたようなゆっくりとした時間だった。

next 次は『母子共に退院』
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眠れぬ夜

カテゴリ : 
帝王切開
執筆 : 
rimgo 2007-10-16 12:00
10月16日(火) 九大病院 入院2日目。

帝王切開の後、ずっと寝たきりだったけれど
本日よりすべての管がはずされ、歩行開始となった。

久しぶりの歩行に緊張する。
10ヶ月の妊娠、そして出産を経て
体力も筋肉も落ちて、体が細くなったように思う。
実際、出産後は妊娠前よりも体重はやせてしまっていた。
その上、お腹の傷は痛い。たいそう痛い。

そんな中、部屋につれてこられた我が子の顔を見るのは至上の癒し。
九大病院では私の予想に反し、無理だと思っていた24時間母子同室も可能で
希望すれば新生児室でも預かってもらえる。
私の術後の体の回復のためには夜はしっかり寝た方がいい
とのことで、夜だけ新生児室で預かってもらい
それ以外は出来るだけそばにいたくて、赤ちゃん用のベッドケースから
自分のベットに移し、密着してずっと一緒に過ごしていた。

『帝王切開だからすぐには母乳は出にくいかもしれない』と言われたにもかかわらず
母乳の出もよく、また、我が子の吸い方も上手らしく
2〜3回哺乳瓶でミルクを飲ませた以外、母乳だけで十分ということになった。

こうして、お腹の傷が痛く動きが鈍いながらも
少しずつ世話をすることが出来るようになっていき、それが私の喜びとなった。
---

嵐のように過ぎ去っていった出産までの日々。
我が子の誕生から、ゆっくりと時間が過ぎていく中
様々な想いがぐるぐると私の頭の中に浮かんできていた。

今はまだあえて何も考えないようにしようとしていたのだけれど
夜になり、我が子も横にはおらず、独りベットに横になっていると
蓋をしていた色々な想いが波のように押し寄せてきた。


『我が子は命の危険を乗り越えて生まれてきてくれた。
無事に生まれてきた、ただそれだけでもう充分。本当に良かった。
命あるだけで本当に本当によかった。』
私も、そして周囲の人も口々に言う。

ただ、そう思えば思うほど私の中に浮かぶ想いがある。
『命の危険があるほどに、死ぬかもしれないほど我が子を苦しめてしまった。』と。

『命があるだけで、無事に生まれてよかった』
『命の危険があるほど、苦しい思いをさせてしまった』
この想いは表裏一体となってぐるぐるとめぐる。

苦しい思いをさせてしまった。
私がただ『待つ』だけの選択をしたばかりに・・。
陣痛が来るのを待つだけしかしなかったばかりに・・・。
もし予定日超過しある程度日数が過ぎた段階で
一般の産院がそうであるように、医療処置により産ませてあげていたら・・・

こう考え出すと、助産院で産むという選択が正しかったのか?
そのこだわりは私のエゴであったのではないか?
促進剤を使ったり吸引したりする以上に
結果的には命の危険があるほどに、我が子を苦しめてしまった。

また、浣腸や剃毛や会陰切開どころか
お腹を切り、子宮を切る結果になってしまい私の体も衰弱した。
どんどん答えの出ない自問自答を繰り返してしまう。

私の体の衰弱はまだいいとしても
この『死ぬほど我が子を苦しめてしまった』という想いが
私をずっと支配しつづけ
『私の目指そうとしていたお産はなんだったんだろう
何を目指そうとしていたんだろう
幸せなお産は人の温かささえあればどこででもできたのに』と、
涙が止まらなくなり、相部屋の人が寝息を立てる中
独り声を殺して泣き続けた。

『もし、・・・・していたら、こういうことにならなかったかもしれない。』
もし、なんてことはあり得ないとわかっていても
どうしても考えてしまい、結局一睡も出来ぬまま夜が明けていった。


『命あるだけでよかった。』
『命の危険があるほど苦しめてしまった。』

どこにも行き場のない想いが私の中をめぐり続けた。


次は nextカンガルーケア
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お産の振り返り
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